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なんで東京なん? [雑記]

「なぜ東京が候補地に?」と疑問に思った人は多いはずだ。

東京は、一回やったやん。という、単純な感覚的疑問がまず挙がる。

「なぜ今、もう一度東京でオリンピックをやる必要があるのか。」それを考えることは、すなわち論理の領域である。経済的なことだとか、物理的アクセスの問題、セキュリティだとか設備の問題などなど、「そういった面」で見た時、勝っているのは東京かもしれない。

しかし、それがどことなく腑に落ちないのは、やはり我々が感覚として、

福岡はまだやったことないんだから、やらせてあげれば良いのに。」と思うからだ。

「よくよく考えると、東京の方がいいかもしれないけれど、それでも福岡に一回やらせてあげたほうがいいんじゃないの?」と、情緒のレベルで思うこと、それが許され始めてきた、いい兆候の例かもしれない。

 

 

 

日本がまだ、世界の第一線を張るだけの経済的な豊かさを手に入れていなければ、満場一致で東京に決定したことだろう。福岡を推すなんてとんでもない、と言われるに違いない。だがしかし、今は違う。戦争も、アメリカ的なものも終わりを迎え、日本は目標を失った。経済的な豊かさはゆるがないものになった。そうなると次に求められるのは、それとは別の豊かさだ。

「福岡にやらせてあげようよ。」と言えるだけの優しさ、情緒的豊かさが、少しずつ浸透し始めているのではないだろうか。もっとも、今回はまだ東京が勝ってしまったが、情緒的豊かさの浸透によって、いずれ福岡が勝てるようになるだろう。経済とは別の部分での豊かさを身につけた、優しい日本人が増えることを切に願う。

「東京は、一回やったんだし、福岡でやったほうが、なんか面白そうじゃん。」

と、堂々と言って欲しい。

 

 

また、これは別の視点から見ると、まだ日本はトーキョーでしか勝負できない、ということが証明されたことになる。なんとも、悲しいなぁ。じゃあ福岡ならいいのかと言われると疑問だが、日本のトップはそういった結論を下したわけだ。

多分2016年に東京でオリンピック…なんて無理だろう。オリンピック候補地争いではなくて、単なる「地方vs東京」合戦だったと見ざるを得ない。でも面白かったけどね。


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ねんがんの ギターを てにいれたぜ [旅々]

いつも使っているYAMAHAのギターも5年目を迎え、音もいい感じに変わり始めてきた。もちろん、最初に買ったギターだし愛着もかなりあるのだが、それとは別に、持ち運びに良いギターが欲しくなり始めた。

 

で、前々から気になっていたこのカタチ、

Martinのbackpakerというギターだ。

 

一見どこかの民族楽器みたいで、たまらなく良い。トラベルギターとも呼ばれるだけあって、かなり軽く、ちょっと持ってどこかへ行くのにはピッタリのサイズ。ミニギターは他にもたくさんあるのだけれど、やっぱりこのカタチにはビビッと来るなぁ。これで、backpakerをひょいと背負って自転車に跨り、あちこちへ出かけるという素敵な時間が過ごせる。悦。

一目で気に入って、横浜を探し歩いた。クロサワ、イシバシ、シマムラ、と楽器店を巡って、やっと見つかる。在宅ワークで稼いだなけなしのお金をはたいて、購入すべきか、真剣に悩んだ。「情報科教育法」の集中講義が昨日、今日とあったのだが、1~4限の間中、思考の隙間を見つけては悩んでいた。

さて、backpakerとの戦闘である。

 

チャラララチャラララ(エンカウント音)

backpackerが現れた。

backpackerの先制攻撃。

backpackerは仲間を呼んだ。

店員Aが現れた。

そこくるりの攻撃

しかし交わされてしまった。

backpackerの弦が怪しく光る。

そこくるりは混乱してしまった。

店員Aの攻撃

「試奏されますか?」

そこくるりは混乱している。

そこくるりは試奏を始めた。

backpackerのフレットが怪しく光る。

そこくるりはさらに混乱した。

店員Aの攻撃

「ケース込みで、31800円になります。」

そこくるりは、われにかえった。

そこくるりは財布と相談している。

そこくるりはじゅもんをとなえた。

「ねぎり」

店員Aに20のダメージ

店員Aの攻撃

「ぶっちゃけた話、下げられないです。」

そこくるりの攻撃

「でも、通販とかだと25000円くらいで売ってますよねー」

会心の一撃。店員Aに100のダメージ。

店員Aは逃げ出した。

店員Bが現れた。

店員Bの攻撃

「○○○という、来日中のアーティストの非売品ピックをお付けします」

そこくるりは、すずしい顔をしている。

そこくるりは思慮深くたたずんだ。

backpackerの攻撃

「音が、案外良いよ!」

そこくるりは混乱した。

そこくるりは混乱している。

そこくるりは逃げ出した。

 

しかし、backpackerに回り込まれてしまった。

 

 

こんな調子で、

ねんがんの backpackerを てにいれたぜ!

 

小さい割に音が想像以上に大きく、そしてちょっとポロンポロンとした音が出る。マンドリンとまで言うと言い過ぎだけれども、カントリー風な音がきれいに出せそうで気に入った。また、ギターを持ち歩くことの何が嫌かって、「私はギターを持ってますよー」というアピールを避けられないのが気に障る。あの形状のものを持ち歩いているだけで、「そういう人」と見られるわけだ。別にそれが悪いわけではないのだが、backpackerだと、そんな心配がない。まぁ、こんなギター弾いてる時点でヘンな人なのだが、単なる持ち運び以上の付加価値が嬉しい。

明日はどこで弾こうかな。


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夏の終わりはどうしてこれほどまでに早く過ぎ行くものなのか。 [雑記]

一年で一番好きな季節は?

とか、

夏と冬、どっちが好き?

みたいな他愛のない話は、そこかしこでかわされる。

そんな、季節についての話をしようと思う。

 

 

 

僕はこの夏の終わりが好きだ。

一年の中でこの8月の終わりが一番好きだ。

夏の終わりと言うと、「森山直太朗?いい曲だよね。」と返される。

まぁ、それでも良い。

夏の終わりは、

吹く風も、

虫の声も、

ちょっと低くなった太陽も、

逆に高くなり始めた空も、

全てが一日一日、変化しているように感じられる。

一日一日を惜しむかのように、

まだ夏が終わって欲しくないかのように、

名残惜しそうに、変わっていく。

 

つくつくぼうしが鳴き始め、

すずめが飛び回り、

日の落ちるのが早くなり、

 

花火が値下げされ、

スイカを見かけなくなり、

秋刀魚が店先に躍る。

 

言葉にできない「焦り」を、誰もが感じながら、

秋にならなければと、急ぐ。

 

「そろそろ春だねぇ。」のように、

大体、季節には移行期間が用意されている。

夏も例外ではない。

しかし、9月1日にスパッと全てが変わったと感じてしまうのは、

夏休みというものが大きく影響しているのだろうか。

春、夏、冬の始まりは曖昧だが、秋だけは鮮明なのだ。

 

 

「夏」という、活気の象徴を描いた歌なり絵なり、映画なりはたくさんある。

夏というお祭りが終わりゆく切なさを、

人はどうにかこうにか叫ばずにはいられない。

焦っているのだ。

 

 

それが、たまらなく良い。

「運動会の終わり」から、「さぁ、後片付けを始めよう」と、するまで。

その、短い間に訪れる達成感と喪失感の入り混じった感覚が、

心に響くのである。

 

やはり、くるりの音楽を挙げてしまう。

昨年リリースされた『Superstar』を、

今もまた流しながら書いている。

焦りを必死でとりつくろいながら、

失っていく、忘れていく切なさを、

めいっぱい歌っている様子が、夏の終わりにふさわしい。

 

 

もう一つ、ヘルマン=ヘッセを引こう。

彼の詩集の中で、夏は青春の象徴として描かれ、

そして秋の深まりが人生の円熟期とされる。

青春作家とも呼ばれる彼の詩は、

その「夏」を失っていく切なさと、

「秋の深まり」へとまだ踏み出せずにいる葛藤を、

とてもきれいに描いているのだ。

日本人の持つ無常観を、

彼は同じように季節に投影している。

 

 

 

夏の終わりは、一日一日が本当に楽しい。

自転車に乗りながら見ていると、

目に映る全てのものが変わっていく。

 

そんな夏の終わりも、

残すところ、あと三日。

当たり前だが、夏の終わりは、終わるからこそ良い。

しかし、少しでも長く続いて欲しいと思う心もある。

そうしたジレンマに切なくなるのが、

心地良いのだ。


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「ニンドリ博」 [レポ]

一眠りした後に、誘われていた「ニンドリ博」へ。ニンドリってなんじゃい?とお思いの方も多いだろう。ニンドリとは「Nintendo Dream」というゲーム雑誌のことだ。ファミ通なんかの任天堂特化バージョン(と言っては申し訳ないが)とすると分かりやすいかもしれない。その雑誌が10周年+150号を迎えたということで、展覧会を行うことになったそうだ。


Nintendo DREAM (ニンテンドードリーム) 2006年 10月号 [雑誌]

Nintendo DREAM (ニンテンドードリーム) 2006年 10月号 [雑誌]


64ドリームだったころから買っていたので、何やら懐かしさと共に感慨深いものがある。同時に、歳を取ったなという実感も。中学1年の頃に友人に勧められて買い始め、投稿も色々したなぁ。あの頃は友人と競争して、ハガキを採用されようとやっきになっていた。

高校生の時はまだ買っていたが、大学に入るなり買うのをやめてしまったので、ブランクは二年。ちょっとついていけるかなー…という心配もあったが、まぁ行かない話はない。かなりのニンドリャー(注:ニンドリ読者をこう呼ぶ)であるSさんに色々と雑誌の近況を伺いつつ、新橋を経由して東京メトロで竹橋へ。

 

 

あったあった。毎日コミュニケーションズさんのビル内で行われているということで、どんなところで展覧させてもらえるのかと期待が膨らむ。

 

 

360度エレベーターに囲まれて焦りつつ、どうやってエレベーターを呼べばいいのか分からない。スイッチどこ!?

 

 

日本のエレベーターはもう、これほどまでに近未来化しているのか。

田舎者丸出しで、展覧会場のある2Fへと進んだ。

 

 

エレベーターを降りてもこの調子。何やら場違いな雰囲気を感じつつ、日曜なのであまり動きのないオフィス間を闊歩した。ずんずんと進むと、やっと会場である。

 

 

おおおー、いつぞや紙面で見ていた絵。上のはリズム天国のぼんおどりガールズじゃないか。と感嘆している僕をよそに、Sさんの中に潜む魔物が少しずつ息を荒げ始める。ケータイを取り出し、色々と撮り始めていた。

 

 

まぁまぁ、と、つとめて冷静に僕はデジカメを。ピンクルさんからお花も届いているね。ピンクルさん律儀だね。

 

 

14:30前後に着いたのだが、日曜ということもあって人はそこそこ。雑誌の展覧会というのはあまり聞いたことがないので、どんな感じなのか予想がつかなかった。恐らく開催する方は余計に怖かったことだろう。何人来るのか分からないわけだし。

 

 

おそらくいつもは会議やプレゼンがなされているであろう部屋を、土日の間借り切って強行開催したようなこの感じ。カンファレンスルームと名のつく部屋がたくさんあったりもした。上の写真は「マリオ親衛隊-ドリームキングダム」のイラストコーナーに送られてきた実際のハガキが展示されているところだ。99年に載った僕のイラストは、残念ながら無かった。どんまい。

 

 

こちらは、GBコレクターの読者さん?にコレクションを少し拝借して展示している様子。お弁当箱サイズに懐かしさを覚えつつ、「あ、あれ持ってる!」などとはしゃぐ。でもこんなのは序の口だった。

 

 

知る人ぞ知る岩ちんさんとていえぬさんの4コマ。中でもこのピカチュウは秀逸だなー、と思って幼いながら感服していたのが思い出される。

 

 

お目当ての写真を見つけるのも一苦労。「読者の皆様の投稿に支えられて…」という文言が、これだけの作品を前にするとより説得力を持つ。

 

 

こちらはレアアイテムコーナー。コレクターの人にはのどから手がでるくらいのレアものが多数展示されていた。写真のように親子二代で懐かしがる人も。年齢層が本当に幅広いのは、やはり任天堂ならではか。

 

 

このマウスパッドや、

 

 

ポケットプリンタとか、持ってる持ってる!という、所有物に価値を与えられた嬉しさみたいなものがこみ上げてくる。

 

 

25000円…、高かったなぁ…。ばーちゃんが内緒で買ってくれたんだっけ。

 

 

さて、この展覧会の目玉とも言っても良い、150号バックナンバー「タダ読み」コーナー。自分の投稿が載っている号もここにあるわけだ。Sさん共々、「ここに載ってる!」などと探し回る。

 

Sさんとは買い始めた時期が少し違うので、多少のラグはあるものの、お互いに「これ、友達の投稿!」などとはしゃぐ。立ち読みしていた人がほとんど、「懐かしいなぁ…」と独り言を呟くのを僕は聞き逃さなかった。10年は、長い。

 

 

それでも100号もあると、もうどこに何が採用されたかあんまり覚えていないことも多い。だが、そうして採用された時の嬉しさは、大げさだが「今まで生きてきてよかった」と思えるくらいのものだ。懸賞にあたるのとは違う、ある種の「認められた」という喜びである。

ナインティナインのラジオでも一時期ハガキ職人をしていたのだが、同じ時期にハガキ職人をしていた友達と横浜で知り合い、同じようなことを話した。岡村にハガキを読まれたとき、ウソでもなんでもなく「生きてて良かった」と思えた、と。薄いなー、と思われる方、一度投稿してみなさい。

 

 

 

やはり子供もたくさん、元気なのは良いことである。二日目ということもあって、ホワイトボードはもう真っ黒だ。

 

 

モバイルに関する取り組みも、不断の努力がやっとWi-Fiで実を結んだといったところか。ニンドリを勧めてくれた友人が、そういえばこのモバイルアダプタで色々やっていたな。面白かったんだろうか。何が出来たのだろうか。謎。

 

 

さて、若かりし頃の暴言。今まで5人、ニンドリャーに会ったことがあるが、この記事を知らなかった人はいなかった。この後8月号、9月号に渡って論争が。

はい、私です。星のカービィ2号とかふざけたペンネームは。お騒がせしました。

中学の頃のあのとんがってる感じが如実に表れていて痛々しい。

 

 

 

さて、ふと外に目をやると、

 

皇居。皇居!? 良いところでお仕事をなさっているようで。確かこの道は去年歩いた。ゴッホ展を見に行こうとしたが、入場が数時間待ちでやめた時だ。色々と、ヘンな懐かしさが錯綜する。

 

 

なぜかあったドクターペッパー。デス仙人さんはまだ連載中?

 

 

そんな中、みすずリンクさんを発見。Sさんが緊張しながらも声をかける。こういう時、強いのはやっぱり女の人だ。サイン下さい!みたいなことを堂々と出来るのは、やっぱり才能というかなんというか。自分には無いものなので少しうらやましい。

みすずさん以外のお二人に「あなたがたは?」と、とっさの一言を発するSさん。あろうことか、写真のピンクの腕の人は、姫川先生だった。ご無礼を爆笑してさらりとかわされたお三方、素敵だ。

そして、

 

なかうえ先生じゃないですか!Sさんは暴走モードに突入。何やら同窓会のようになり始めた年齢層の高い会話に、どんどんくらいついていく。凄いな…。

 

その裏では、例のマリオの一寸法師が上映。

 

声の違和感はそれほど感じなかったが、ネタが割とシュールだった。やるな、配管工。

 

そして、タレントスタジオを駆使したパロディ番組「どうぶつの森e-」で視聴率は最高峰に。こんなに人がいたのか!と思うくらいに、展示会場が熱気に包まれる。少々嫌な熱気だったが。

 

リンクとガノンの空手家ネタは面白かったなー。色々と勉強になった。

 

さて、楽しい時間は早く過ぎるもので、残すところあと30分。ゲームプレイルームの方へも行ってみる。すると、

 

 

いやー、マリオさんもお疲れのようだ。

 

 

熱心にスマブラ大会に見入っている。

因みにマリオさんは今日、埼玉県から来たらしい。

 

 

SさんもDSを広げて、かなりの人数でのピクトチャットに。

奥のほうで、マリオさんもピクトチャット中。

 

そして最後に、

 

携帯電話で話しながら頭を下げるマリオさん。配管工も大変みたいだ。

 

 

さてさて、18時を過ぎても何やら名残惜しそうに、帰りたくなさそうな人々がたむろしている。編集部の人たちも、明日から普通に仕事だろうに。休日返上で大変だ。打ち上げの時間もあるだろう。その辺りの空気が読めないのが、ゲーマーの悪いところでもある。気持ちは分かるけども。

 

 

そんな中でも、笑顔でサインのサオヘン。サオヘン男前だなー。かっこいい。でまた、会話を少し聞いていても、頭の良さがすぐに分かる。編集長として全体を見渡す能力、常に立っているべき足場がきちんとある人だと思った。そういうのがある人ほど、遊びが上手だ。

 

そして最後に記念撮影が急遽行われることに。こうでもしないとしまりがないから、みんな帰ってくれない、みたいな算段もあったのだろう。

 

 

よくもまぁこんなに残っているもので。

年甲斐も無く「Wii!」と記念撮影に参加。隣の人の幸せそうな顔が忘れられない。

 

ケイ大佐にはやのんさん、かずやさんにりふぁさんと、芸能人に囲まれたようで暴走モード全快のSさんは、最後までとめどなかった。その勢いのまま、かややんさんに「将来編集部に入りたいんですけど!」と張り切って言うも、「やめといたほうがいいよ。」と真剣に夢を砕かれて少し落ち込むSさん。現実はやっぱりそんなに甘くないらしい。

なんだか珍しく、かややんさんとは話す気になり、来場者数について聞いた。予想人数は一日100人くらいで、二日間合計2-300人くらいだったら良いなー、だったらしい。しかし一日目の来場者は653名!これだけの人が呼べるというのは、どこかのわけの分からない絵画展なんかよりもよっぽどビジネスになるし、よっぽど面白いと思う。雑誌の持つ双方向性が…とかなんとか分析できるだろうけども、そういうところを抜きにして「雑誌展」だけで人を惹きつけられるというのは、紛れもなくニンドリと任天堂の持つ力によるものだ。

 

 

「今日のこれ、普通の女子だったら、あっちにKAT-TUN、こっちに関ジャニ、向こうからタッキー&翼で後ろにスマップ…、みたいな感じだったでしょうね。」と、幸せそうに語るSさん。

えーと、サオヘンがKAT-TUNで、ケイ大佐がタッキー&翼で…、と、悲しくなるので止めよう。でもそれぐらい、ニンドリ編集部の人たちは芸能人のような人気ぶりだった。

 

 

 

かややんさんがチラッと言ったように、サオヘンはあの後泣いたのだろうか。

打ち上げでは絶対泣いていらっしゃりそうだ。

これからも、良いニンドリをよろしくお願いします。これからはちゃんと買います。


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夜行バスと恩師とフェティシズム [旅々]

いつものように彦根駅前で夜行バスを待っていると、悶絶するほどかわいいメガネっ娘を発見。ロングスカートベージュブラウス。割と度がきつめのメガネでフレームはロゼワインぽい色。三人組の高校生グループで、行き先はディズニーランドのようだった。

 

偶然とは重なるもので、バスの席が上手い具合にそのメガネちゃんの隣になる。隣と言っても、寝るためのバスなので席同士は離れているのだが、それでも横顔を見るのには十分だった。

とは言うものの、別に何が起こったわけでもない。落した物を拾おうとして手が触れ合ってキャッなんてこともなく、シートの倒し方を聞かれて優しく教えてあげるなんてこともなかった。所詮はそんなものである。しかし、神様とはやはり信じて然るべきもので、数秒間だけ素敵な時間を用意してくれた。

 

 

時は午前3時30分、夜行バスが二度目の休憩に入ろうと富士川インターチェンジに着く。足も痛くなり、クーラーのせいで何となく寒かったので、とりあえず温かい飲み物でも買おうと外に出ようとする。隣のメガネちゃんはどうやら先に外に行ったようだった。

席と席の間をそろそろと通りながら、バスの出入り口に差しかかろうとしたその時だ。

バスの前のほうから

 

 

 

「あ、スリッパのまま出てきちゃった!」

 

という大音声。寝ぼけまなこのまま、こんな時間によくもそんな大声を…と思った矢先、入り口の階段を駆け上がってくるメガネちゃん。となるともう、この次はぶつかるしかない。どーん。

 

 

「す、す、す、すいませんっ!」

 

 

 

メガネ+ドジっ娘+謝りっ娘

神様、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

さて、完全に目が覚めた所で、自動販売機に向かう。

ここで、これもまさに偶然、恩師と出会った。二年前に横浜で少しお世話になってそれ以来だったのだが、向こうも僕を覚えてくれていた。「何でまたこんな時間に」と、話したいこともたくさんあったのだが、いかんせんバスの駐留時間は10分しかない。近況を報告しただけで終わる。

K田さんはボーイフレンドとの旅行の帰りらしかった。割と当てのない旅をしてきたらしい。いいなぁ。相変わらずキレイな人だった。

 

 

 

 

バスに戻り、色々と考えを巡らせる。

お題は「メガネ+ドジっ娘+謝りっ娘」。

謝りっ娘はオプションなので除外するに、まずドジっ娘から。ドジっ娘に惹かれるのは、その劣等からくる弱さを守ってあげたいという意思の表れである。そうして精神分析に持っていくと、「守ってあげる→必要とされる→存在意義の確認」みたいな、今や中学生でも考えているような図式になる。

続いてメガネ。メガネは「見る」ということへの主体性の象徴であると共に、確実な劣等という意味での普遍性もある。前述のドジっ娘のように守ってあげたいという思いに加え、そこに主体性を求めているのだ。

つまり、メガネドジっ娘好きは、両者に見られる「劣等」と、それを補おうとする「主体性」の双方を魅力として感じているのだ。これは、どちらが欠けてもいけない。ただ劣等なだけでは、世話すらも好きになる、文字通り「世話好き」にならないといけないし、主体性だけの人には「かなわない」。つまり必要とされない。

両者が持つ絶対的劣等、すなわち「確実に自分が上である」という保証と(それがたとえ一方的であっても。そもそも嗜好とはそういうものだ。)、そうであるがゆえの主体性による存在確認。それを求めて我々はメガネドジっ娘に想いを馳せる。

 

 

ただ、難しいところで、それが本当の意味での欲望かと言われると口をつぐまざるを得ない。メガネもドジもそれは社会的なもので、「汝は汝の欲望に従ったか?」と聞かれてしまえばおしまいである。セックスの時にメガネなんてかけていたら邪魔だし、ドジだったら腹が立つだけだ。しかし、メガネをかけさせたままする、ということにこだわる人もいる。

性欲に社会性を持ち込むわけである。もちろん、誰しもがそういった社会性を何らかの形で持ち込んでいることは疑いない。しかし、それを汝の欲望ではないと指摘されたところで、人は簡単に止められるだろうか。それぞれがそれぞれに持ち込んでいる社会性は、それぞれに準じた「歪み」である。我々は社会性という歪みを持つことによって、欲望とのバランスをとらなければならない。それがメガネであったり、ドジであったりするわけだ。

ただし、ここからが難しいところで、その社会性の線引きはどこでなされるのかということだ。社会性以外でどうやってセックスするのだと、言われてしまうわけである。性行動も一種の社会的行動ではないかと。

メガネっ娘に萌えていることと、セックスの時にメガネをかけさせるのと、このゆがみの違いを説明できるのか否か、それが問われているわけだ。小谷野敦が言うように、「精神分析は20世紀最大のイカサマである」となってしまうのだろうか。

 

 

 

 

こんなわけの分からないことを考えていたのだが、くるりを聴きながらメガネちゃんの寝顔を見ていたらどうでもよくなってしまった。

前半村上春樹で後半村上龍みたいな。


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「ドラゴンクエスト-あるくんです」 [ひとりあそび]

流行ったのはいつの頃か、たまごっちブームに乗ってやってきた「ドラゴンクエスト-あるくんです」のお話。



今更ながらにそれを引っ張り出し、日々振り続けていた。万歩計として使われるように設計されているのだが、いかんせん万歩計として使っているだけでは、いつまでたっても進化できない。

マップの地形に合わせて、色々なスライムに進化できるというのが面白味なのに、進化までに必要な歩数があきれるくらい多い。となると必然的に「万歩計をつけて歩く」のではなく、「手で振る」ことで歩数を稼ぐことになる(別に手じゃなくても良いが)。常にカチカチカチカチ振りながら、歩数を稼いでよりスピーディーに進化していくのだ。はたから見れば100%貧乏ゆすりである。

そんな苦労の甲斐あって…、

無事、メタルキングになれました.。゚+.(゚∀゚*)。+.゚

 

これ、分かる人には分かるだろうけども、相当辛い。総歩数が20万歩くらい?それだけ振り続けたわけだ。頑張ったなぁ、弟たちよ。素直に喜ぶ。

で、たまごっちでは、死んだ○○っちが卵を残したりするのだが、このスライムは、分裂して子孫を残す、みたいな感じになる。それが二回目になると、

おおー、ドラゴン。かっこいい。まぁでもこれは難易度低い方だ。お世話をきちんとしていれば、分裂二回は取るに足らない。

 

そして、マップ上の全地形を制覇したスライムだけが、進化することの出来る究極の姿、

「賢者」

うおー、なんかまじでかっこ良さそう。これを目指さない手はないということで、兄弟共々一心不乱に振り続けること数日、ついに賢者に進化を遂げる時が来た。

 

とくとご覧あれ、これが賢者だ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どう見てもたまごっちです。本当にありがとうございました。

 

 

 

なんじゃこりゃああああああああああ。

開発者は何を考えとるんだ。

怒りを通り越した切なさと共に、あるくんですは再び押入れの中にしまわれた。

グッバイ、賢者。


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他大学訪問-滋賀県立大学 [旅々]

後輩の車に揺られて滋賀県立大学へ。

ドーン。

 

確か高3の時に一度劇を見に行った気がする。「やるか、やらないかなら、やるっ!」とかいう決め台詞が面白かったやつだ。

さてさて、門構えを見ていれば別にうちの大学と変わらないわけだが、なんというか見通しが良い。建物が比較的新しいのは言うまでもなく(今「なく」と変換したら「泣く」と出た。パソコンまでこの気持ちを代弁してくれているのか)、我が横国とは違って、無意味な雑木林がない。視界が広いと、自然と気持ちもおおらかになるものだ。

建物に入ってみても、

こんなエントランスホール…

案内パネルまで素敵に見えてくる。

 

 ここはヨーロッパか。

何やらお堀みたいなものが大学内をぐるっと一周している。なんともうらやましい。

 

荒神山を臨みつつ、何やらお祭りの準備中?イントレらしきものを組んでいる。 

正面から眺めると、

「KOJINYAMA_ROCKFES’06」

本番の様子を想像したら笑えた。

「あの荒神山より、ビッグなロックを始めるぜぇぇぇ!」とか言ってるんだろうか。

 

それはないな。

 

にしても広い。というよりもやはり見通しの良さをあらためて実感する。

面積にしてしまえば、うちの大学や他の都会の大学は変わらないかもしれないが、その面積内で建築をするさいの「余裕」が全く違う。それは法律や社会的価値への配慮に対する余裕とも言える。しかし、そこがある程度フリーであるが故に、それにも増して大きく作用しているのは「気持ちの余裕」であろう。それが自然との共存、むしろ自然に共存させてもらっているという図式へと繋がる。

 

内田樹のブログの中に大学建築についてのところがあるのだが、そこに書かれている「最短ルートのない行動様式の提案」が、この大学は上手くなされているように感じられた。実際にそこで生活しているわけではないので感覚のみでの感想だが。「あの道を通っても、この道を通っても、ほとんど時間は変わらないから、今日はこの道を通ろう。」と選択権が委ねられていることによって、それぞれの人は同じ道を違う感じ方で過ごせる。天気によっても然りである。他者に触れることによってもたらされる変化、それが日常的に行われ得るのだ。

 

環境科学部があるので、農村もビックリの畑もあるわけだ。しかし、大学を一歩出れば田畑が広がっているので、何ら驚きはない。都会の中のキャベツ畑とは大きな違いだ。

 

ここで、比較のために我がかもめ大学を見てみよう。

白い。

思わず笑いがこみ上げる。パナウェーブ研究所も真っ青だ。

もはや言葉は要るまい。しかしこれはこれでゲージュツ的でもあるなぁ。

 

 

県立大に戻ろう。

こんなピカピカの建物も、まるで当たり前のようにたたずんでいる。

大学だからこそ、ありえることであって、彦根の片田舎にこんな建造物が建つことは普通ありえない。

お察しの通り、体育館なわけだが、公立なのにこんな立派な建物はずるいぞ!

 しかも車は乗り入れ自由らしい。田舎ならではだ。

 

あとは、○○部さんの部室のカーテンが開いていたので思わずパチリ。

これは環境良すぎるんでないかえ?LuckyDipのみなさん。

 

 

ハンモックまであった。そりゃ、これだけ広いと昼寝もしたくなる。ところがどっこい、これはバランス感覚を鍛えるトレーニングマシンだった(ように感じた)。ちょっとでも気を抜くところげ落ちてしまう。おちおち昼寝もしていられないマシンだ。

このあと後輩T郷君は見事に転げ落ちた。僕も落ちた。

 

猫も入るし、

たるんでいる者も多いらしいけども、

やはり隣の芝は青い。人のものは良く見えるものだ。


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ザリガニ釣れました。 [旅々]

というわけでザリガニ釣りに。

母方の実家周辺にある溝がそれなりにザリガニのいるポイントになっている。溝を上から眺めるだけで、すばしっこく逃げるザリガニの姿が目に入った。

自分の家の周辺や田んぼは、農薬にやられてしまったのか、はたまた水がきれい過ぎるせいか、あまり見当たらなくなってしまった。10年前には、水中の壁という壁すべてにザリガニがくっつき、そのザリガニの背中にもまたザリガニがくっつき…という、もはや惨状と言っても良い光景が繰り広げられていたのだが。

 

 エサはするめ。ヒモに結んで垂らすだけであら不思議、ザリガニが簡単に寄ってくる。ここのザリガニは日頃あまり良いものを食べていないのか、するめへの反応が目に見えて分かって面白かった。

因みに写真は弟、高3の受験生だ。勉強しろよ。

 

 

 

まぁ、このサイズが最大と、夢やロマン溢れるビッグザリガニはいなかったが、十分に楽しめた。警戒心の強いやつなんかもいて、5分くらい待たないとするめに手を出さない。 だが、それを釣り上げた時は爽快だ。

受験生vsザリガニ。偏差値も釣り上げられれば良いものだが。

 

亀もいたので釣ってみた。

ダメだった。一度失敗すると、二度とエサを口に運ばなくなる。賢いものだ。

しかも亀のくせにすばしっこい。ちょっと前のCMで亀が走ってるやつがあったが、それを彷彿とさせるスピードで、この亀も動き回った。亀は苛めちゃいかんね。

 

大漁ながらも、もう飼う気力はない。小学生の頃は散々飼ったし、遊んだし。よくやったものだ。ザリガニをエサにしてザリガニを釣る、みたいなこともした。そういった荒行は、どうやら昔から代々受け継がれてきたらしい、と親戚のおっちゃんが言っていた。しかしそれは違う。

子供は「ザリガニをエサにしてしまえばいいよ。」という言葉を待たずして、それを容易に思いつく。すなわちそれは真理である。それを、心理と解釈してしまうのが大人だ。解釈したがるのが大人だ。何も考えずに歳をとるのは怖いことである。

 

ザリガニさんたちはきちんとキャッチ&リリース。また来年会おう。大きくなって待ってろよ。


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彦根東高校訪問 [旅々]

教育実習は母校で行ってください、とのことなので、来年寄せてもらう彦根東高校を訪問してきた。スーツ着用ということもあって、汗だく。もう暑さのことしか最近書いてない気がする。

さて、教育実習の申込みということで、面談なり質問紙なりが用意されているのかと思いきや、担当の先生すらいないという状況。事前に電話までしたのに、A5版の用紙1枚と、封筒2通に住所を書いただけでおしまいだった。あっけない。まぁ、お客さんとして、しかも卒業生だから、捌きやすいお客さんとして、迎えなれているのだろう。システムだ、システム。

ゴールデンウィークの翌週、5月7日から二週間、胃がキリキリするような日が続くことになる。学校教育課程の先輩を見ていても辛そうに感じるのに、いわんや自分をや、である。K樹や蒼井先生は9月にもう実習が始まるのか。来年のことなのに、もう気が重い。

 

 

「教育実習は楽しそう!」という人か、「教育実習なんて絶対行きたくない!」という人かは、その人が学生時代にどんな風に教育実習生を見ていたかに拠るのではないかと思う。

代わり映えのしない教師群の中に一度現れる若きヒーローヒロイン。彼らに期待を寄せ、ちやほやするのが好きだった人は、教育実習も楽しそうだと思えるだろう。「自分もあんな風に歓迎されるのかー。楽しみだー。」となるわけだ。うらやましい。

それに引き換え、僕みたいに

「また青臭いセンコーがきやがったなー。もっと黒板の字、キレイに書けよ。慣れてないのがバレバレ。何ちょっと啓蒙的なこと言ってんの?はいはい。さて、違う教科の勉強するか。」

なんてことを思っていた人間が、教育実習を楽しそうと思えるはずがない。

過去にそう思っていた自分の目線を、無数の生徒に投影して、悲観するのだ。

もう、絶望するしかない。教育実習的負け組だ。

 

 

 

さて、彦根の町はそんな絶望も温かく迎えてくれる、絶望的なものがある。

店の名前がモクなのに、木曜日が休みて!

 

我が彦根東高校は、彦根城のお堀の中にあり、伝統と趣に支えられている。外国人や、ご年配の方々がよく観光にいらっしゃり、道を尋ねられることもしばしば。

しかしこの地図では、

どう見てもないがしろです。

 

 

そんな彦根城も400周年を迎えるそうで、

「ひこにゃん」て…、かわいいやないか…。

彦根も捨てたもんじゃない。

しかし、

時間の分かりにくい時計や、

何か惜しい名物まで。

 

駅のポスターは

こんなクオリティー。まさに絶望的。

 

 

彦根は良いとこ、一度はおいでください。

自転車をかついでエスカレーターを上がる人と時々出会えます。


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ハマコイ祭り! [旅々]

「リズム天国」が無性に欲しくなって、気がついたら横浜に向かっていた。部屋にいるのもクーラー代がもったいないし、涼みがてらヨドバシカメラへと向かう。

自転車をこぎながら、フェーン現象だかなんだかでとてつもない暑さになっているビル街へ。ハンズの前あたりに止まって…、と、何やらやかましい音が響いていた。

おおー、ハマコイ祭り。書を捨てよ、町に出ようとはよく言ったもので、クーラー代を惜しんだ甲斐があったというものだ。とにもかくにも見物を始める。

と、カメラを構えながらも眩暈がする。これは暑い。尋常じゃない。こんな中でよく踊っていられるなー、と思う。脱水とか、熱射病にならないのだろうか。それがお祭りってものなのか。いつも見ている何の変哲もない横浜が、ちょっとだけ活気付いて見える。人の多さは変わらないまま道がふさがれたせいで、余計に暑苦しく感じる。

しっかし暑苦しいご格好で。んでも楽しそう。

○○小学校より…、などと、発表会として色んな団体が来ているようだ。子供は元気でいいなー。でもこの中に絶対「暑いなー、なんでみんな踊ってるの?」という正直者もいるに違いない。

推定平均年齢55歳のご年配方グループも。ドクター、スタンバイを。

 

 

それでもやっぱりお祭りとはいいもので。金、カネ、かねとなっているけれども、現代に残るポトラッチとおおらかに考えよう。

ビブレ前も、

素敵なお祭り広場に早変わり。

なんだか意気揚々となる。

 

 

 

それでもやっぱり、普通に横浜に用事があってきている人や、生活している人もいるわけで、そこに無理やり「祭り」を持ってこられても困る人もいたであろう。

踊りのほうを見向きもせずに、一心不乱にメガネを洗浄するおじさん。大変だ。通路が狭いため、見物する人にバシバシ当たられながらも、必死でメガネを洗う。おじさんからしてみれば、祭りなんて、

 

 

さて、それでも楽しいことはまだまだたくさん。しばし暑さを忘れて写真を撮り続けた。すると、お祭り騒ぎを嗅ぎ寄せたのか、

一人ゴスロリ祭りの腐女子女性を発見。

25点。

 

 

さて、さすがに暑さに耐えられなくなって、ヨドバシカメラに向かおうとした時、曲調が変わって何やらめちゃくちゃイイ声が響き始めた。

このオバサン。声が良すぎて思わず笑ってしまった。

「ハマコイ、ハマコイ、ヨッシャコイ!」

と、延々と叫び続けている。

しかもこれ、文章じゃ伝わらないのが悲しいところだけれども、

「ハマコイ、ハマコイ、ヨッシャコイ!」を、ココリコ遠藤の「ホホホイ、ホホホイ!」の音程で叫んでいるのだ。

「ハ マ コイ !」

 → → ↑↓

みたいな。これは面白すぎた。反則だ。

 

 

 

閑話休題。ヨドバシカメラに着いて、ゲームコーナーへ行くと、さっきの一人ゴスロリ祭りの女性がお買い得品を物色していた。恐るべし。

友人I田君のバイト姿を見つけ、ご案内してもらいつつ感心する。かっこいいなー。もうすっかりヨドバシ店員が板についていた。

 

結局お目当てのリズム天国は買えず。

帰り道2、3軒巡ってもなかった。しょんぼり。なぜこれがそこまで売れるのか。要考察。

 

 

それでも、やっぱり良いものが見られた、いい一日だった。

この後まだ、新宿へ友人の劇を見に行って、夜行バスで滋賀へという強行スケジュールだった。ヘビーだ。今朝から実家で休憩中、そんな午後。


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